ユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、和食の魅力が国際的に認知されるのはうれしいことだ。
外国人にも人気の定番メニューといえば、寿司、懐石、天ぷら、そば、すき焼きあたりだろうが、一庶民としては、卵かけご飯こそ和食の神髄。安くて調理が簡単。栄養抜群で何しろうまい。
和食の食材が国外産ということも珍しくない昨今、鶏卵は質の高い国産が長年リーズナブルな価格で入手できる。
「鶏卵は物価の優等生といわれるが、相場は結構小刻みに変動している」
愛甲郡愛川町の広大な農地の一角で養鶏業を営む第四十一作業所(三増1041)の谷昭次社長はこう話す。
屋内で大切に飼われているとはいえ、鶏も生き物。季節や天候で体調も変化する。飼料コストも無視できない。需要バランスもある。
ただ鶏卵は地産地消が基本。全国各地で年中無休で生産され、流通量が安定しているため、店頭価格は落ち着いて見えるのだ。背景には養鶏農家の頑張りがある。
第四十一作業所は、神奈川中央養鶏農業協同組合(三増1000、彦坂茂組合長)に所属。同組合は半世紀以上の歴史を持ち、14事業所で県内総生産量の6割を占める大所帯だ。
谷社長が同社を設立したのは2013年。組合で長らく養鶏業を営む父邦昭氏の後継としてだが、同社長は次男。実はそれまで、相模原市内で行政書士事務所を営んでいた。都会的な面持ちでボタンダウンシャツが似合うのも道理である。
「てっきり継ぐものだと思っていた兄が方向転換。とはいえ、特に葛藤はなかった」
組合組織が安定しているからだろう。どの事業所も承継が円滑に進んでおり、現在、経営者の半数が30代、40代。43歳の谷社長もなじみの町に戻ってきたような感覚だ。
「幼少の頃から、仕事について弱音や不満を言うのを聞いたことがない」と尊ぶ父の存在も転身を後押しした。
ひなや飼料の仕入れ、衛生管理、販路や流通体制の確立等、組合のスケールメリットは大きい。事業所間の交流、情報交換も活発だが、同組合の技術担当次長、安藤正昭氏が「毎月、生産数や大きさ、品質など細かな事業所別の比較データを発表している」と話すように、健全な競争こそが生産性や品質向上に大いに役立っているようだ。
第四十一作業所では現在、4万羽の鶏を飼い、年中無休で毎日3万5000個ほどの卵を生産する。昨今、養鶏業でも集卵システムやマイコン空調など、作業の手間を省く先進機器の導入が進みつつある。
「面倒な手作業は、むしろ鶏とふれあう重要な機会。鶏も人も同じ生き物。優しく接することが大切。そういう意味では、前職と何ら変わらない」
傍からは人生が180度変わったように見える谷社長の転職だが、順風に乗って天職に辿り着いただけなのかもしれない。
(編集委員・矢吹彰/2015年8月1日号掲載)