商用取引時でも、受け取った名刺に「日本プロゴルフ協会ティーチングプロ」とあれば、興味をそそられる。裏返すと、ハーフ29、ラウンド60の最小ストローク、ホールインワン8回など、驚異的な記録の数々。
「名刺をきっかけとしたゴルフ話が営業の場づくりになることも多い」
理美容用品などアイデア商品の企画・製造販売を手掛けるファンシード(相模原市緑区青根)の井上靖社長はこう話す。
同社を知る上でも井上社長のプロフィールは興味深い。気さくな人柄、インストラクターならではのコミュニケーション能力にも引き込まれる。
青根に生まれ育ち、高校卒業後は大手機械メーカーに就職。2年目に改善提案で表彰されたことからゴルフ好きの事業所長に一目おかれ、付き合いでゴルフを始めた。
数カ月後、役職者対象の社内コンペに特別参加が許されるや、数えるほどの練習とラウンド歴5回程のキャリアにもかかわらず、ベストグロス84で優勝。ところが、上司を差し置いたことにサラリーマン社会特有の冷ややかな目が注がれ、気まずさに元来の起業志向が加わり退社の道を選んだ。
その後、宅配ピザ店に再就職し経営ノウハウを学んで独立開業を目指したものの、絶好の物件と当たりをつけていたテナントの契約で先を越され頓挫。仕方なく、大型トラックの運転手に。
こうして目標を失いかけていた矢先、友人・知人に励まされ、ゴルフの才に賭けてみようと決意。22歳の時だ。
「1年やってだめだったらあきらめると妻を説得し、本気で取り組んだ」
身長167㌢㍍と、体格に恵まれているわけではないが、幼少時から運動神経は抜群。スコアは上昇し続け、一年毎に妻の許可を得ながら5年でティーチングプロの資格を取得。ただ、研修生としてツアープロを目指したものの、肉体、経済両面で壁は厚く、30代を迎え、生活安定のためにゴルフ場の正社員になった。
平穏な人生に風が吹いたのは4年前。ラウンド中に厳しいラフからのショットで肉離れを起こし、療養中、スマートフォンを使う機会が増えた。
ある日、理容室で散髪中にメール受信。その場で操作できたらと思ったのがきっかけで、あるアイデアが浮かんだ。スマホや携帯ゲーム機の画面を見ながら操作できる透明の小窓を備えた理美容用のカットクロスである。
実用新案登録が完了した2013年9月、ゴルフ場を退社し同社を設立。待望の起業は意外な形で実現することになった。
「考えていたアイデアが商品化されヒットすることが度々あった。その方面で自分の能力を信じてみたい」と井上社長。
今年1月に販売を開始し、女性誌等の反響、購入店の評判は上々。国際特許も申請中で、今後は透明窓の形や生地の色などバリエーションを増やしながら、まずは国内での販路拡大を目指す。
1番からバーディ奪取といきたいところだ。
(編集委員・矢吹彰/2015年11月20日号掲載)