ことしで43回目を迎える相模原市民桜まつり。春を彩る市内屈指のにぎやかなお祭りとして市民に親しまれている。今回も満開の花のもと多くの老若男女が集う楽しい催しになりそうだ。
毎年「ふるさとづくり」がテーマに掲げられているのは、このイベントが市民に相模原へのふるさと意識を深めてもらう目的で行われているからだ。そのルーツはどこにあるのだろうか。
42年前の桜まつり誕生の経緯を、実行委員長役を務めた川合貞義さん(80、ヘルスケア取締役会長)の回想談と開催までの市の歩みをもとにして探る。(本文内の人口数などはすべて合併以前の旧相模原市のもの)。
(編集委員・戸塚忠良/2016年4月1日号掲載)
■第1回は市制20周年記念事業の一環
第1回相模原市民桜まつりは1974年(昭和49)4月6・7日、市役所さくら通りをメーン会場にして開催された。市制施行20周年記念業の一環として行われ、「35万人のふるさとづくり」がテーマに掲げられている。
祭りの準備、実行に奔走したのは、相模原青年会議所(JC)だった。当時の理事長を務めていた川合さんは初開催に至ったいきさつを次のように話す。
「前年の73年にJCの事業として模擬市議会を実施したことが、桜まつり開催のきっかけになりました。模擬市議会では、現職議員とJCメンバーが市政に関してかなり突っ込んだ質疑応答をしたのです。その後、私たちが市に模擬市議会の開催に力添え頂いたお礼に伺った際、河津市長と鈴木助役から『祭りの開催に力を貸してほしい』と要望されました」
「市は当時、新しく市に入って来る子供たちに相模原へのふるさと意識を深めてもらうため、市民みんなで楽しめるお祭りを催したいと考えていたのです。メンバーの間にやってみようという機運が高まったのはもちろんです。ただ、その話があったのはもう秋になるころで、急いで会内部に推進委員会を立ち上げ、開催に向けた準備を進めるというあわただしさでした」
■初開催の背景に人口の爆発的増加
川合さんの話からもうかがえるように、初めての桜まつりが市制20周年と併せてふるさとづくりをキーワードにして開催された背景には、人口急増という状況があった。
相模原市が市制を施行した1954年(昭和29)の人口は約8万人、世帯数は1万6千あまりでした。その後は東京のベッドタウンとして急激に成長。人口が急増し、わずか6年後の60年には早くも10万563人と、10万人を突破した。
その勢いはさらに加速し、67年に20万人を突破。4年後の71年には30万人を超えた。桜まつり開催の前年、73年10月1日現在の人口は35万人目前の34万9454人に達し、市制発足時に1万6千あまりだった世帯数は初めて10万を超えるという急増ぶりだった。
この間、67年から73年の7年間は毎年2万人以上の人口増を記録し、ピークの70年には2万8千人増という数字が残っている。
人口急増に伴い、市は小・中学校の増設やインフラ整備に追いまくられることになった。小学校は60年代末から、中学校は70年代に入ってからほぼ毎年新設された。
人口増加の原因は自然増より市内転入による社会増によるものであったことを考え合わせると、相模原が出生地ではない子供たちが増えていたことが一目瞭然だ。
また、市の発展に伴い地区の景観も大きく変わり、これに伴い住居表示も広がった。
65年までに住居表示が行われていたのは11地区にすぎなかったが、66年から70年までの間に30地区で住居表示が実施され、それまで大字で表示されていた地区が表示の上で細分化される形になった。都市化の進行を示す事象と言える。
■官民が協力して課題をクリア
こうした背景のもと、市役所通りの桜並木という地域資源を活用して行う市民まつりの計画でしたが、開催に向けてクリアしなければならない課題がありました。それをどう乗り越えたかを、川合さんは秘話を交えて話す。
「市役所通りを歩行者天国にして市民パレードや鼓笛隊、各種の展示などのほか飲食物の販売もするという計画でしたから、まず保健所の認可を取らなければなりません。それと警察署の許可も必要でした。また、バスのう回路を設定するには運輸省の認可をもらわなければなりません。こういう課題は市の尽力でクリアできました」
「私たちは市内の企業や各種団体に協賛してくれるように依頼する役割を担いました。PRのため市役所通りの農協前に協賛企業などの名前を一覧にした横断幕を張り出したり、パンフレットを作ったりした思い出があります」
「また、お祭りには露天商の出店がつきものです。このあたりの露天商の元締めが八王子にいると知って、交渉に行きました。その際、万一トラブルや事故を起こしたら、次の年の開催からは出店を認めないという条件を出しました。1回目だけでなく、その後の桜まつりでもトラブルが起きていないのは、このときの約束が生きているのではないかと思います」
「初めての催しだけにどんなイベントを盛り込むかについても知恵をしぼりました。会員がいろんな物を持って来て来場者に提供するガラクタ市、臨時の無料電話コーナーを設けて希望者に自由に利用してもらう、ふるさとコーナーといったプランを盛り込みました。こういう企画にも多くの来場者が足を運んでくれたと記憶しています」
■2日間の来場者は予想以上の19万人
初日は曇りがち花冷えの一日だったが、2日目は快晴、温暖な天候で、人出は2日間合わせて19万人。
「予想以上の人出で、祭りの後、いろいろな機会に『来場者の反応が良かった、成功だった』という声を耳にしました」と回顧する川合さん。
「これからも伝統を生かし、新しいアイデアと企画を盛り込んで、相模原ならではの桜まつりとして長く続くよう期待しています」と、未来に託す思いを語っていた。