民謡や浪曲、浄瑠璃などで日本人になじみ深い伝統楽器、三味線。風情ある音色は聴く人の情緒に訴えかける。プロによる津軽三味線や沖縄三線の演奏は多くの人を魅了してやまない。この伝統の和楽器に相模原から革命的な変化をもたらし、地域の特産品としても生かそうという取り組みが実を結んだ。人工胴皮の「リプル」と、和感覚あふれる加工を施した「しゃみ小町」。その立役者は、相模原市緑区の小松屋代表取締役の小松英雄さん(62)だ。(編集委員・戸塚忠良/2017年5月1日号掲載)
■三味線と出会う
小松さんと三味線との本格的な出会いは22歳のとき。大分県由布院生まれで、林業高校を出て製紙会社に勤めていた小松さんは、祖父が浪曲師だったこともあり、この楽器の音色に魅せられて三味線を習い始めた。「音の色気にとりつかれた」と回想する。
その思い入れは「三味線に関わる仕事をしたい」という気持ちにまで高まり、勤めていた会社を辞め、三味線の製造を手がける企業をいくつか渡り歩いて営業や製造技術の習得に励んだ。
1992年、38歳のときに独立して町田市の団地の一角に作業場兼用の住まいを構えた。「部屋の中に完成品、未完成品を何丁も並べ、寝る時はそれをしまって床を敷くような生活だった」という。
その後、旧城山町、相模湖町へ拠点を移し、現在は相模原市緑区青山に本社を置き、埼玉県草加市に工房を設けている。
■胴皮の問題点
三味線の製造は現在、難しい課題に直面している。胴の部分の表裏に張る皮の素材をどうするかという難問である。
昔から現在まで犬と猫の皮が使われているが、最近特に動物愛護の風潮が強まる中、楽器の一部として犬や猫の皮が使われることに抵抗感を覚える人は少なくない。しかも今は外国からの輸入に頼っているが、今後、動物皮が輸入できなくなる事態も想定される。
それに加え動物皮はいつ破れるか予測できないという弱点がある。張り替えの費用がかさむため、稽古をやめてしまう人も少なくないという。
小松さんは、三味線の音の魅力と表裏をなすこの弱点をどうにか改善できないかと考えるようになった。
■リプル開発
6年ほど前から新たな胴の張り皮を求めて模索を重ねた小松さんは、工業用ロープなどを製造する織物企業に着目。新製品開発の可能性について話し合い、「破れにくく、温度の急激な変化や水にも強い合成皮」を目指して開発への挑戦が始まった。
試行錯誤の途中、徹夜で作業して倒れるアクシデントもあったが、それも乗り越え一昨年、思い描いた通りの合成皮の張り皮が出来上がった。破れにくいだけでなく、動物皮と違って表面に印刷を施せる長所もある。
商品名は「リプル」。表面のザラザラ感にちなんで、「さざ波」の意味を持つ英語にしたという。
性能を確かめてもらうため、東京・渋谷の日本音響研究所でリプルと従来品の音響検査をしてもらった。その結果、「人間の耳では区別ができない」との評価を得た。
さらに音質の確かさは、人気のプロ演奏家から寄せられた「音の安定性はなにものにも代え難いものだ。リプルのすごさを体感した…耐久性もふくめて三味線界に新風が吹くことは間違いないだろう」という言葉が証明している。
155月から本格的な販売に着手し、1年間で107丁を売り上げた。今後、リプルを張った三味線が増えることは十分に期待できそうだ。
■しゃみ小町
もう一つ、グラフィックデザイナーの若生みどりさんとのコラボで開発した新製品が「しゃみ小町」。普通の三味線よりひとまわり小さく、リプルに浮世絵や琳派の絵画をあしらう工夫を凝らして、装飾性と芸術性を主張する商品だ。
「現役の職人がデザインした本格的な三味線であり、和の世界観を表現するデザインになっています。より多くの人に、三味線への親しみを深めてもらえればと思っています」と、小松さんは言葉に熱をこめる。
また、赤澤美仁専務取締役は「飛行機の機内持ち込みもできるサイズで、特に強調したいのは相模原の間伐材を活用したエコ商品という点です。相模原の土産品、新たな観光資源として広めたい。販売拠点などについて市の支援もいただければ」と言葉を添える。価格は杉素材が1万1850円、檜が1万9850円、桜が3万2850円。
三味線製造に半生を託す小松さんは「リプルとしゃみ小町は、三味線レボリューションの名に恥じない商品と自負しています。相模原から和楽器の新時代を発信したい」と意欲満々の表情で伝統楽器の未来を見すえる。