地元産の薬草を使った酒を発信しようと、旧甲州街道(国道20号)小原宿にある伊勢屋酒造(相模原市緑区小原)は、地域で栽培した薬草や地元のクワの葉などで作った「薬草系リキュール」を製造している。原料の栽培に耕作放棄地を活用しているほか、委託した農作物の買い取りなど周辺住民と連携した取り組みにもなっている。社長の元永達也さん(36)は「地域とももっと連携をとって町おこしもしていきたい。相模湖はいい場所だって思ってもらえるように」としている。【2022年6月20日号】
大阪府出身の元永さんは、都内や中国のバーで研さんを積んだ後、「お客さんにお酒の特徴を説明するため」に、造り手に会う、醸造している環境を見学しようと欧州各地を歴訪。その中で南仏やスイスでは土地の風土を生かした農業と酒造りの密接な関係を目の当たりにした。
酒造所は社名の由来でもある、築100年になる古民家「伊勢屋」を地元の大工の手を借りながら再生したもの。元永さんが10年務めた東京・渋谷のバー「カリラ」のマスター小林さんの実家で30年以上空き家となっていた。修繕や清掃を手伝っていく中で、小原地区の「自然が豊かで農業が身近な環境が、欧州の酒造環境に近い」と感じて同地での開業を決めた。
使用する薬草などは、味や香りのベースとなるニガヨモギのほか、フェンネル、レモンバーム、セージなどを旬に応じて調合。旧津久井地域ならではの素材として桑の葉なども加えている。
地域の耕作放棄地3カ所を借りて栽培しているほか、種や苗を預けて栽培してもらったもの、地域の農家などが栽培する香草や野菜などを買い取ることもある。「欧州のニガヨモギは苦みが強いが、小原では甘みがある。欧州よりよく育っている印象」(元永さん)。
漬け込む薬草などは、素材の特性に合わせて生や乾燥などを使い分ける。ベースとなる国内産ウオッカに浸漬し、有名醸造所から借りているウイスキー樽に詰めて蔵で最低3カ月熟成させる。大阪から相模原に移り住んだ家族が手伝いながら、瓶詰めやラベル張りも手作業で1本ずつ仕上げている。
創業したのは2020年だが、酒造免許の取得や醸造所の準備などで初出荷できたのは21年11月。手作りのため月産1千~1500本程度で、主に酒の味や風味、醸造の背景を理解できる卸売などを通して流通している。今月にはドイツや中国、オーストラリアなどに向けて出荷する予定。
元永さんは「今が一番楽しい」と笑顔を見せる。初出荷から1年間は試行錯誤の期間とし、加える材料や熟成期間も色々試している所だ。今後は「地酒をベースとした薬草酒の開発や、地元の原料を使ったベース酒造りにも取り組みたい」としている。
「新しい味のために畑にも注力している」といい、朝夕2回に畑を回る。しかし、農薬や化学肥料などは与えず、雑草の草刈りもほどほど。
元永さんは近所にある畑を案内しながら「肥料を与え過ぎず、雑草などとけんかさせた方がいい味やいい香りになる」と説明する。肥料も薬草の絞りかすなどを与えているが「SDGsやエコを意識しているわけではなく、いい味、いい香りを追求した結果、自然とそうなっている」とする。
薬草系リキュールは、欧州でもワインなどに薬草を加えたものが古くから水薬として飲まれてきたが、近代になって飲みやすく改良されて〝し好品〟として親しまれている。日本にも類似した「養命酒」があるが、違いについて「養命酒は薬用(効果・効能をうたえる)だが、薬草酒(薬草系リキュール)は楽しんで飲むもの」と説明する。
年間を通じて製造している「スカーレット(赤)」は「簡単に言うと苦くて甘いが、また飲みたくなるような味。クラフトコーラに似た風味」(元永さん)。薬草や柑橘類の香りでタイミングは食前食後問わない。飲み方はさまざまで、地域の人はミルクや炭酸水で割るか、酒類が好きな人は氷だけで飲むという。
伊勢屋酒造は今月17日、発酵食品などを製造する越後薬草(新潟県上越市)とコラボして、春や初夏の鮮烈な草の香りを楽しめる「スカーレット・ヴェルデ(緑)・アルマーロ」(700ml4950円)を発売。情報開示から好評で、用意した2022本のほぼすべてが売り切れている。
酒造に詳しいバーの店主は「クラフトビールやクラフトジンの次は薬草系リキュールがトレンド(流行る)。ブレンドも自由なので酒造や地域ごとの色を出しやすい。相模原の新しい特産品になるのでは」と期待する。