目の前の小さな命を救った経験が、世の中の役に立ちたいという大きな思いに変わった。業務用放送機器や生産ラインの制御システムなどを手掛けるMEMOテクノス(相模原市緑区西橋本)。モノづくりの原点は、ウサギ用の車いすだ。渡邊将文社長が10年以上勤めた会社から独立を後押ししたのは、命に関わるような大けがを負ったペットのウサギが懸命に生きる姿。現在は技術者としての道を後進に譲ったが、人の助けになるモノをつくるという、根底にある思いは変わらず持ち続けている。(松山 祐介)
■ウサギの教え
実家は、東京都八王子市。自然に囲まれて育った。「本当は犬がほしかった」というが、ほえて近所迷惑になるという理由から父親が反対。幼稚園のころ、近所の農家からウサギを一羽もらって育て始めた。以降は「常にウサギがいる生活」というほどのウサギ好きだ。
27歳のときだった。会社員時代、生後1年に満たない1羽のウサギを小屋に移そうとして、大けがを負わせてしまったことがあった。
一命は取り留めたものの、背骨を折る重傷。獣医師には「3年も生きられないだろう」と宣告された。
元気な前足を使って動けるようにと、ウサギ用の車いすを探した。しかし、当時、国内で生産しているメーカーはゼロ。世界中を探しても2社しかなく、入手は困難だった。
諦めきれない渡邊社長は試行錯誤を繰り返し、手作りでの車いすを完成させた。身体に負担が掛からないよう設計された車いすは「技術者だったから作れた」。
そのウサギは事故後、9年生きたという。平均寿命が7年程度といわれる中にあっては大往生だった。ウサギの名前は「メモ」。社名の由来でもある。起業後も同社の「名誉会長」に就いた。
この時に渡邊社長が感じたのは「技術を持つ人間は、だれかの役に立つ道で生きるべき」ということだった。
■顧客の声受け
大学卒業後は、技術者一筋だった。業務用音響装置や生産ライン検査システムを手掛けていた。しかし、就職先はメーカーでなく、技術者を派遣する会社。
渡邊社長はエンジニアとしてホール音響の設計や調整に携わっていたが、派遣先は「大手に対抗できない」と事業縮小を決めた。
音響装置は納入先に合わせてスピーカーの配置などを決めてシステムを組み上げる。このため「一点もの」の性質が強い。
事業は縮小しても既に装置を納入した顧客から渡邊社長に直接、今後のメンテナンスの観点からも事業の継続を望む声が寄せられた。渡邊社長は「一介の技術者である自分に期待されている。今までの顧客を守りたい」と強く感じた。
車いすで元気に動き回るウサギのメモの姿も、独立の勇気をくれた。
■役立つモノを
独立したのは2006年。渡邊社長が33歳のときだった。社員2人からのスタートだった。これまで手掛けてきた音響装置は、システムによって技術が違う。今まで培ってきた技術は応用できない。導いた結論は「分野にこだわるのではなく、『役に立つモノをつくる』」ということだった。
創業間もなく、最初の自社製品を開発。「エアコン停電保護装置」は、パソコンの機器室などに設置されたエアコンの動作状態を監視。電源を停止したことを検出すると、自動的にエアコンを作動させるもの。
町田市成瀬の工場で2人だけの作業。仕事が終わらず、自宅に持ち帰って組み立てを続ける日々も続いた。
販路は昔の得意先に頼る状態。「資産家でもなんでもない、ただの会社員」が興した会社は、1期目の決算を前に資金繰りの危機に直面した。
2カ月後には入金のめどがあるのに、10万円も支払えない状態。銀行に融資を願い出たが断られた。悔しくて仕方なかった。
なけなしの私財を売り払い、親族からも借金した。懇意にしてくれていた顧客が、製品の納入より前に入金をしてくれたことで窮地を脱した。
「絶対に成功して、銀行からお金を借りてほしいと言わせるまでに会社を成長させる。そのときに、こっちから断ってやる」という反骨心が支えとなり、新商品の開発に打ち込んだ。
以降、これまでに手掛けた仕事は1000を超える。自社ブランドで売り出す「音声合成機能を搭載したアナウンスシステム」は業界初の技術だ。
■社員に道譲る
しかし、渡邊社長は3年前、社員を前に突然「技術者引退」を表明した。「自分の判断を仰いでいては、自分を超える発想をもった技術者は生まれない」と考えたからだ。
失敗することが目に見えている製品でも、現場の判断に任せ、世に送り出したこともある。実際に数百万円に上る損害が出たこともあったが、事前に顧客に連絡し、陰で責任を取った。
「言いたいことも言えないし、手も出せない。社長としてもエンジニアとしても地獄のように辛い判断だった」というが、〝臥薪嘗胆〟の思いで、耐え忍んだ。
従業員は8人になった。社長の考えも徐々に社内で浸透し、今ではそれぞれが、やりがいを持って仕事をしているのが実感できるという。
社章に描かれた輪になった3羽のウサギには絶えず、切れ目なく人も役に立つよう会社になるように、との願いが込められている。
まっすぐに、正直に―。これから待ち構える幾多の困難も、ウサギのような跳躍力で飛び越えてくれるだろう。
柔らかな物腰と穏やかな口調に包まれた熱い向上心を抱き続けながら、渡邊社長は走り続けている。