合併から6年余。4つの町名が消え、3区に分かれた新市域図も定着しつつある。とはいえ、今でも旧津久井郡域に足を踏み入れると、旧相模原市域との違いを如実に感じる。地勢や景色はもとより、そこに住まう人々の営みや歴史、文化の薫り…。そこに宿る「津久井らしさ」は合併ぐらいで消えるものではない。その一つといえるのが食文化。農業もまだまだ盛んな地域だが、「らしさ」がよく表れた名品は加工食品に多い。
全国菓子大博覧会で内閣総理大臣賞を受賞したブランデーせんべいで知られる㈲津久井せんべい本舗(相模原市緑区太井121、藤本都子社長)も、当地ならではの食文化醸成とその発信に貢献している。
同社の創業は35年ほど前。創業者で前社長の青木芳生氏は当初、都内でせんべいの製造卸をしていたが、知人に連れられ訪れた津久井湖畔の景観に魅了され、工場を移転。後に近所のみ限定で小売りを始めたところ、またたく間にその評判が口コミで広がり、店舗を併設するに至った。その名がさらに郡外、県外へと広がり全国区となったのは、10年越しで開発し89年に商品化したブランデーせんべいの大ヒットによる。
2011年11月に就任した藤本社長は、上溝に本社を置く三和紙業㈱の社長でもある。包装紙で取り引きのあった青木氏の高齢化で事業存続が危ぶまれため、協議の上、承継することとなった。
同社のトップとして営業に重きを置く藤本社長は、職人気質の青木氏が手掛けた商品の質の高さを十分認識しながらも、津久井の地の魅力をより表出させたマクロの視点で事業を見据える。
「単に工場と店舗を引き継ぐだけなら承継しなかった」と話す藤本社長が青木氏に求めた条件は、店舗裏の住居・敷地も含めた買収だ。実は、この裏手から見渡す津久井湖の眺めこそ、35年前に青木氏が魅了された景観そのもの。これまで、店舗を訪れる客がそれを眺めることはできなかった。というより、そんな景観の存在さえ知らなかったに違いない。
住居は、和風建築の骨格を生かしつつ、内外にシックな洋風の装いを施しリフォーム。昨夏、1階をイタリアンレストラン、2階をコミュニティルームとする商業施設「季逢庵」としてオープンさせた。湖畔に迫り出すような解放感あふれる前庭も整備され、来訪客は四季折々、日々刻々移り変わる見事な景観を堪能できる。
レストランのシェフで、せんべい部門も含めた同社のマーチャンダイザーを務める藤本武徳氏はキャリア11年。登山好きの自然派だ。
「所定の料理向けの素材を集めるフレンチと異なり、イタリアンの発想は地場産の旬の食材をどう調理するか。豊富な食材を産する津久井にはまさに打ってつけの料理法」と力を込める。
せんべいとイタリア料理、そして湖畔の景観。「らしさ」のケミストリーで津久井のブランド力アップをめざす。(矢吹 彰)