耐震偽装、姉歯事件といえば、まだ記憶に新しいところだがこの事件の舞台となり、入居早々に取り壊しを余儀なくされた藤沢市のマンションが住民の総意により、新たに一部賃貸方式のマンションとして見事に蘇った。この貴重な経験を生かしこうしたケースの支援をしようと、同マンションの管理組合代表として再建に奔走した鈴木元生さん(63)が、一般社団法人の老朽化マンション対策支援協会を設立、代表理事に就任した。鈴木さんは定年退職を機に「自身の体験を社会に還元したい」と力強く語る。 (編集委員・小宮山光賢)
■発覚した偽装
2005年、鈴木さんが定年後の「終の棲家」として選んだ藤沢市の新築マンション「グランドステージ藤沢」はJR、小田急の「藤沢駅」に近く、住居スペースも100平方㍍強と広く「申しぶんない」規模で喜んで引っ越しも完了した。
段ボールを開け新生活をスタートするときに、耐震偽装が発覚した。
強度不足で地震による倒壊の危険もあり取り壊しが決まった。
「建て直すにしても、二重ローンの問題もあり、一時は途方にくれました」と鈴木さんは当時を振り返る。
協議の末,再建は決めたものの、藤沢市が示した「従来の建物をそのまま再建する」ということがネックとなり、再建に手を挙げた開発業者5社がすべて辞退を申し出てきた。
■新プラン提示
「再建策の提出期限もせまり、困り切っていたときに、辞退した5社のうち1社のリッチライフ(横浜市)が、部屋の一部を賃貸して、再建費用やローンの軽減を図るというプランを提示してきたのです」
早速、鈴木さんはこのプランを入居者にはかり、合意を得た。リッチライフがプランは住戸の一部を賃貸に回し(玄関などを別に設ける)二重ローンを回避するというもの。
同社では「ロワール」の名称で、神奈川を中心にかなりの実績がある人気物件でもある。
「これなら最大の課題であるローンの二重払いも解消され、それぞれの家庭の事情にも応じられる」と判断した。
総意のもとで再建計画が動き出した。こうして、偽装発覚から5年、2010年に「ロワール湘南藤沢」として生まれ変わることができた。
完成時には、国土交通省の住宅課長も視察に訪れ「偽装マンションの再建モデル」と絶賛していたという。
■協会を設立
こうして紹介すると、この事業が難なくスムーズに進んできたかに見えるが実際は、協議による協議、住民による何度にもわたる話し合いを重ねた結果、ようやく合意に達したというのが事実である。
合意形成には、十分すぎるほどの協議は言うまでもないが、鈴木さんによると「できるだけ多くの選択肢を用意することも大切だ」という。
ただ単にマンション再建を話し合っても住民の意見は十人十色、なかなか合意は得にくい。
さらに「マンション建て替えに向けた取り組みには、第三者の協力も不可欠だ」とも付け加えている。
このように合意形成には何が必要か、どんな専門家に相談すべきか、行政への手続き、金融対策など再建に向けてのさまざまなアドバイスを行うため協議会の設立に踏み切った。
新たに建設された「ロワール湘南藤沢」の一階に鈴木さんは住んでいる。
住戸約100平方㍍のうち、4分の1にあたる約25平方㍍を部屋の中に壁を設け、玄関を別にして他者に賃貸、その家賃をローンの返済に充てるという仕組みだ。
「これも再建策の選択肢の一つでした。妙案があれば積極的に取り上げ、納得がいくまで話し合う。これこそが、合意に向けた近道と言えます」。
貴重な経験が発言に説得力を持つ。
■体験を生かす
鈴木さんは、昨年、長く務めた建築資材会社を定年退職したばかり。
「耐震偽装がマンションの鉄骨不足というのも何かの因縁めいていますね」と鈴木さんは笑いながら話す。会社でも鉄骨材などを扱ってきたからだ。
「いってみれば、協会設立も定年後の社会還元という意味もあります」現在は、老朽化が目立つマンションの住民に話を聞いたり、役所や都市再生機構(UR)、関係団田などに足を運び、時間が許す限り勉強中の日々だ。
すでに、数回の講演会にも講師として参加、マンション再建の相談にも応じている。
耐震偽装のマンションだけではない、全国に100万戸以上といわれる老朽化マンションの立て直しは、これからますます増えていく。
体験しようにもなかなか経験できないマンションの再建のノウハウをこれからどう伝えていくか-。
全国でも初という老朽化マンション対策協会のスタートと鈴木代表理事の今後の活躍に目が離せない。(2013年10月1日号掲載)