睡眠時間は人によってまちまちだが、おおかた1日6~8時間はとっているだろう。とすれば、人は80年生きると通算20~30年ほどは眠っていることになる。
健康を維持し英気を養う快適な睡眠のために、寝具への投資は不可欠。ただ、布団やベッドに大枚をはたく人はいても、枕となると関心は薄い。
「枕が睡眠に与える影響は極めて大きい。高さや硬さなど、その人に適した枕は良い睡眠姿勢を保ち、首や肩、腰など身体各部の不調を改善する効果がある」
こう話す山田朱織氏は、16号整形外科(相模原市中央区高根1-3-7)の院長にして、自らプロデュースする「整形外科枕」を研究開発・製造販売する山田朱織枕研究所(同)の社長である。
山田氏が医師の道を志したのも枕の研究に足を踏み入れたのも、きっかけはJR成瀬駅前(町田市)で整形外科を営んでいた父(故人)の存在だ。
「来院時の処置や投薬だけでなく、患者の日常の姿勢を正しく直すのが整形外科医の役割と自覚していた父は、充実した睡眠の鍵は枕にあると、各々に合わせた手作り枕を作っていた。私自身、その枕で常態化していた首の痛みから解放された」
適切な枕の効用は患者の間でも評判を呼んでいた。ただし、医学的なエビデンスがない以上、社会的には、いわば臨床経験豊富な医者の信念のもとに考案された“健康器具”に過ぎない。
副院長職にあった山田氏が2003年に枕研究所を起業した主目的は、そこにあった。大学など関係各機関と連携しながら、頚椎・脊椎疾患や姿勢異常、関節リウマチ、睡眠時無呼吸症候群等と睡眠姿勢との関連を研究し、これらの治療、改善に適切な枕が適正な効果を発揮するとのエビデンスを確立することである。
06年の父の他界は大きな損失だったが、ある種の運を呼び込んだ。父の旧知から、国道16号線の淵野辺十字路近くで開業する脳神経外科医が第三者承継先を探していることを知り、翌07年にクリニック、研究所とも移し再スタートを切った。そこには枕の医学的研究に不可欠な特殊レントゲンやMRIと、「整形外科枕」オーダーのための十分な計測スペースを確保することができたからだ。
枕の研究自体、世界的に未開の中、整形外科と研究所の両輪をフル回転させながら、着実にこの分野を切り開いてきた。柔和で華奢に見える山田氏だが、学会や講演を通じての論文発表や専門家との交流を積極的に行う一方、著書をはじめテレビ等のメディア出演も精力的にこなす。
「整形外科枕」の愛用者は4万人を超え、バックオーダーを抱える人気だが、志はまだ道半ば。
「さしあたり確かなエビデンスをもとに、枕を治療手段として確立し普及させたい」と山田氏。
さらに、寝返りを含めた最適な睡眠姿勢を提供する枕一体型のオーダーメイドベッドをこのほど開発。年度内にレンタルを開始する。 (矢吹 彰/2014年5月10日号掲載)