長髪にドレッシーなシャツ、柔和な物腰…。予備知識を持たずに会ったなら、ITあるいはマスメディア業界あたりの方とお見受けしたかもしれない。
そんな鈴木崇志社長率いるアートプレシジョン(相模原市緑区西橋本5の4の21 SIC内)が手掛けるのは、プラスチック金型の設計・製造・販売。見た目より中身が問われる裏方的企業だ。
「もともと長めだが、最近は意識して長髪にしている。営業ではインパクトも大切。髪の長い奴と覚えてもらえればいい」
取材時も、まずはこの外見にとらわれたのだから、戦略は成功しているといえるだろう。
2011年、若干35歳で同社を創業した鈴木社長だが、そのバックボーンは、学生の頃から独立心旺盛で野心にあふれていたというような巷の起業家像とは一線を画す。
「勤務先が閉業しなければ、起業など考えもしなかった」
勤務先とは、プラスチック金型を製造・販売する従業員100名ほどの中堅企業。新卒入社で13年ほど勤めたが、リーマンショックのあおりを受けるなどして6年前に閉業した。
ただ、ここで金型成形、測定、生産技術、発注、営業と一連の部門を経験したことが、その後の進路を定める大きな財産となる。
まずは、知人が営む同業会社に再就職。営業に精を出すうちに、サラリーマン志向に変化が生じた。自らが主体となって顧客ニーズをつかみ、受注から製造、販売まで全てに関わりたいとの思いが沸き上がってきたのだ。起業は必然の流れだった。
思いがけない転身であったが、製造現場から顧客対応までこなせる実務能力と、周囲からの助言や意見に真摯に耳を傾ける誠実さで培ったネットワークで、これまでの歩みは極めて順調だ。
成長の礎となったのは、創業後まもなく、プラスチックや金属素材の高度な表面処理加工で知られる㈱日本エッチング(東京・大田区)傘下の上海金型工場と提携したこと。これに様々な特色を持つ国内協力工場を加え、新参ながら質、量、価格すべての面で幅広い要求に対応できる企業としての評価を確立しつつある。
現在の主要受注製品は、プリンターやデジカメ等の電子機器、自動車、パチスロ等のアミューズメント関連の部品で、試作から量産まで対応する。
試作、量産の割合はほぼ半々。個別案件としての効率だけを考えれば試作に軍配が上がるが、受注が一定でないため量産も不可欠。
「5年間は準備期間ととらえ、成長の形も決めていない。受け皿にはまだ余裕があるので、事業を限定せず、状況に合わせていく」と鈴木社長。
この6月に本社をSIC(相模原産業創造センター)に移した。国内外のネットワークをフル活用すれば、自社業務は営業に特化することも可能だが、「試作は内製し、量産は協力会社で」といった将来構想は徐々に固めつつある。(矢吹 彰/2014年7月20日号掲載)