軽トラックでさえ切り返しが必要なつづら折りを登りきると、パッと視界が開けた。澄み切った秋空の下、日照抜群の農地が広がる。
その一画の緩やかな傾斜地。繁茂する雑草で区画も畝もはっきりしない。休耕地かと思いきや…。
「これはスターオブデイビッドという大型のオクラ。津久井産納豆に混ぜて食べれば最高」「大豆とナスはこのように接して栽培すると、互いに成長上のメリットがある」
雑草をかき分けながらてきぱきと説明してくれるのは、シンプル・ベジ(相模原市緑区日連101?5)の久保正英代表。
畑仕事をおざなりにしているわけではない。無農薬、無肥料、無除草剤という徹底した自然栽培による旬の野菜の提供。これが久保代表の創業理念であり同社の基本方針なのだ。
細身で人好きのする笑顔が印象的な同代表は39歳。この場所で泥まみれの姿を見れば農夫とわかるだろうが、別の状況なら職業を想像し得ない。事実彼には、経営コンサルタントというもう一つの顔がある。
関西大学工学部応用化学科を卒業後、山崎製パン、湖池屋といった大手食品メーカーに勤務。商品開発やマーケティングに従事した。
順調なサラリーマン人生に思えたが、仕事柄直面した課題が一個人のものとして膨らみ、やがて脱サラ、農業への転身へとつながる。
「商品の差別化が常に大きな課題だった。突き詰めると、素材にこだわらなければならない」と久保代表は話す。
ただ、いきなり農業を志そうにもノウハウも伝手もない。何より独身ではないから薄給で修業というわけにもいかなかった。
そこで06年、コンサルティング大手のビジネスブレイン太田昭和に転職。それまでの経験を生かし、食品関連のコンサルタントとして活躍する傍ら、趣味がてら家庭菜園を始めた。
土いじりが本気度を増した矢先、子が通うシュタイナー学園(緑区名倉)との縁で藤野の自然環境の素晴らしさを知る。09年、フリーのコンサルタントに転身するや埼玉県和光市から緑区に転居。農地を借り起業した。並行して無農薬、無施肥のりんご栽培で知られる木村秋則氏に入塾し、自然栽培のノウハウを学んだ。
コンサルとの兼業で6シーズン目。この間、同社の春菊がJA主催の自然栽培農産物品評会で「木村賞」を受賞するなど技術、品質に磨きをかけるとともに、飲食店への直卸、個人宅への通販の二本柱で顧客を増やしてきた。経済的事情もあるが、兼業はむしろメリットが大きいという。
「対応は即効。短時間で効率的、能率的に作業を行う習慣がつき、生活にリズムができる」と久保代表。午前中は畑仕事、午後はコンサルで出張ということもしばしばとか。
当面の目標は、12カ月間切れ目のない収穫・提供と、比較的反応の鈍い相模原市及び周辺地の顧客拡大だ。(矢吹 彰/2014年10月20日号掲載)