JR相模原、町田両駅近くに「ラヴァーズロック」というダイニングバーがある。
薄暗い隠れ家風の店内。午後6時から翌朝5時(日曜・祝日は0時)までの営業時間。メインは食事より酒との先入観にきっぱり異議を唱えるのは、同店をはじめユニークな飲食店の経営、コンサルタント、プロデュースを手掛けるグローズバル(相模原市中央区相模原)の吉田茂司社長だ。
「一番の売りは料理。豊富で独創的なメニュー、味、手頃な価格、同種の他店には負けない」
工業高校卒業後、ファッションビルを開発・運営する上場企業に6年勤務。退職後は電気設計分野で起業する道もあったが、たまたまアルバイトで踏み入れた飲食店の仕事にはまった。
店はラヴァーズロック。15年ほど前、相模原店が西門近くにあった頃だ。
「元来、人を喜ばせることが大好き」という吉田社長の資質がここで開花。接客、リーダーシップで並々ならぬ能力を発揮し、就業後わずか半年で店長に抜擢された。さらに1年半後、転職を模索し始めた矢先、前オーナーから店の経営権譲渡を持ちかけられることに。
「月額100万円超のテナント料に少々たじろいだが、スタッフは皆、ついてきてくれると確信していたし、自己裁量で運営できるなら、業績を伸ばす自信もあった」
27歳で、2年前まで考えもしなかった業界で、いきなり経営者に転身。だが、その後の歩みは順調そのもの。まさに天職を得たかのようである。
5年前の相模原店移転の際、店舗づくりを一から見直し、独自のアイデアを集約。この路線で確かな手応えを得、昨年はハンバーグ事業の起ち上げ、組織の法人化、町田店オープンなど、飛躍の年となった。
激しいトレンド、競争にさらされる業界にあって、吉田社長の経営理念はシンプルかつユニーク。
原価を切り詰め、調理、サービスの効率化を徹底することで、いかに利幅を大きくするかと考える経営者が多い中で、同社長は一定の原価のものをどうすればそれ以上の価値あるものとして提供できるかと考える。
「素材選びの工夫、調理やサービスにかける手間ひまを付加価値として客に還元する」
一種の自己犠牲だが、スタッフを含めて深刻なダメージはない。「どうしたら人を喜ばせられるか」という強い思いが根底あるからだ。
そんな理念は、グローバルな事業として近年スタートさせたハラル(厳格なイスラム教の律法に則って選ばれ加工、調理される食材、料理)食品開発にも生きている。認証第1弾のハンバーグは、国内でイスラム圏の観光客に対応する一方、ドバイでは現地で加工・調理され、提供されている。
ダイニングバーは、吉田社長の将来構想の中では一介の木に過ぎないのかもしれない。表からは見えにくいが、その背後に着々と森が形成されつつある。
(編集委員・矢吹彰/2016年2月10日号掲載)