月森清一さん(65、東亜警備保障代表取締役)が島根県立大田高校を卒業して国士舘大に進学したのは46年前。入学とほとんど同時に始めたのが警備員のアルバイトだった。最初は「こんな働き口があるのか」と驚いたほどなじみの無い仕事だったが、その後もずっと警備業界で働き、今は相模大野に本社を構えて「敬愛される警備員を目指し、以って社会の安全につくします」を社是に掲げる。つい最近大きな病を克服した月森さん。自社発展と警備業界の社会的な地位向上にかける思いに衰えはない。
(編集委員・戸塚忠良/2016年2月20日号掲載)
■警備のバイト
月森さんは1969年、春の全国高校野球選手権大会で大田高校の応援部長を務めた経験の持ち主。リーダー用の台の上で「フレー、フレー」の声を張り上げ、憧れの甲子園でプレーする母校の選手たちの士気を鼓舞した。「交通事故で2年生を2回やったおかげで3年のとき幸運に恵まれた。忘れられない経験だった」と、若い日を回顧する。
大学進学は七〇年安保改定の年で、友達と日本の進路について議論することもあった。「左翼の主張をそのまま口にする同級生もいたが、違和感があった。何か違うな、感じた」。
東京・町田市の四畳半一間家賃7千円の下宿で、のちに結婚する女性と同棲生活をしながら8年間大学へ通った。 経営学を専攻したのは、「自分は人に使われるタイプではない、いつか経営してみたい」という考えがあったからだ。しかし、月森さんの人生航路を決めたのは、机上の学問ではなく現実の社会経験だった。
「アルバイトで最初に従事したのは、スーパーの夜間警備の仕事だった。採用が決まったあとの教育といっても、敬礼のしかたを教えられた程度。そういう時代だった」と懐かしむ。
■警備会社に就職
自ら望んで警備業界に飛び込んだ訳ではないが、「体は小さいが、バイト先で『あいつは空手でもやっているんじゃないか』とうわさされるほどすばしっこかった」と自己採点するように、警備の仕事に適性があったことは間違いない。
大学卒業の頃、聖マリアンナ医科大学の夜間警備のバイトで一緒になった人から警備会社への就職を勧められ、横浜市内の警備会社に就職した。「給料は良かった。一般の新卒の3倍か4倍はあった。早い時期に年収1千万円以上になった」という。
だが、まだ若く、遊び心もあふれんばかり。夜のネオンに誘われて派手に遊んだ時期もある。その頃を思い出しながら「若いうちに金を持つのはよくないね」と苦笑まじりに語る。
仕事柄、修羅場に出くわすこともあった。ナイフを持った暴漢を後から羽交い絞めしたのはその一例だ。
仕事の都合で丸4日間一睡もできなかったこともある。「そのときは15センチの高さから飛び降りようとして、頭から突っ込んでしまった。体の傷より高校時代に痛めた腎臓を悪くしたのがつらかった」と唇をかむ。
■開業・躍進
勤めていた会社では専務取締役まで出世したが、40歳のときに独立を決意。強みは、警備員指導教育責任者の資格を持っていたこと。「取ったのは70年。この資格の一期生だった」と月森さん。90年、相模大野の古いビルに東亜警備保障㈱を設立した。社員は妻と二人だけの小さな会社。裸一貫の出発だった。
バブルの末期で業績は順調に伸び、開業後3年ほどで50人の従業者、年商1億円規模の企業になった。
躍進の理由を「自分が現場に出て、率先垂範の気持ちで一生懸命に仕事をこなした。前の会社で2つの事業所を運営した経験も役に立った。妻の協力も大きい」と語る。
リーマンショックの大波もかぶったが、「ひどい落ち込みはなかった。相模大野駅西側地区再開発、小田急相模原北側再開発、ニトリモール新築工事、北里大学臨床教育研究棟新築工事などの大型事業に関連する警備業務を受注できたのが要因」という。
社員教育には力を注ぎ、警備、交通誘導の有資格者を輩出。こうした人材が発注元の期待にこたえる仕事を積み重ねていることが受注拡大につながっている。工事現場での安全衛生の推進、管理駐車場での笑顔と挨拶の徹底などにより発注元から表彰された従業員も多く、社内表彰も行っている。
「20年以上勤めて私を支えてくれている管理職もいる。経営面でも現場の仕事でも人に恵まれていると思う。業界の社会的な評価を高めるためにも全社一丸の経営をしていきたい」という言葉に実感がこもるのは当然だろう。
■目標は年商10億
一昨年の暮れ、脳幹部の出血で倒れたが、6カ月半の入院生活後に復帰。5年前に62キロあった体重は45キロを切るまで痩せたが、体調は回復し、毎日1万5千歩近く歩くという。
「これまでに倒産の危機も乗り超えて来たが、経営者として私はまだ40点。従業員の意見を取り入れながらリーダーとしてなすべきことをしていくのが使命だと思う。難しいかも知れないが、6年後には今の年商4億円を10億円に伸ばし、100点満点の社長を目指したい」と、力強く将来を展望している。